巴御前の終焉の地「巴塚の松」@富山



富山県南砺市にある、巴御前の終焉の地と伝えられている「巴塚の松」。

樹齢750年を超える一本松です。


大河ドラマ「鎌倉殿の13人」の影響で、少しだけ話題になっているようです。


巴御前とは、平安時代末期に活躍した木曽義仲の妾で、かつ義仲に仕えた女武者。

木曽義仲は源頼朝とは従兄弟にあたり、源頼朝、源義経らよりも先に平氏を追い詰め、上洛を果たすなど、源平合戦「治承・寿永の乱(じしょう・じゅえいのらん)」で華々しく活躍。


しかし、義仲が都を追われ敗死後は和田義盛を頼るも、義盛も和田合戦で戦死したので、かつて砺波山で一緒に戦った友人である石黒太郎光弘を頼ってこの地を訪れ、福光城の近い一角に草庵を建て尼僧となり「兼生尼」と号し定住。91歳で没したと伝わります。



治承・寿永の乱:平安時代末期の治承4年(1180年)から元暦2年(1185年)にかけての6年間にわたる国内各地の内乱。最終的には平氏政権は打倒され、源頼朝を中心とした武士集団により新たな関東政権である鎌倉幕府の樹立に至った。


和田合戦:鎌倉時代初期の建暦3年(1213年)に鎌倉幕府内で起こった和田義盛の反乱。この合戦の勝利により、北条氏の執権体制はより強固なものとなった。


砺波山の戦い:平安時代末期の1183年、越中国(富山県)砺波山で行われた源平合戦。義仲は火牛の戦法を用いて平氏の大軍を倶利伽羅峠で破り、さらに追撃して上洛し、平氏を西走させた。



昔は周辺に何もなく、一本松として遠くからもよく見えたそうですが、今は民家に囲まれ、近づくまで本当に「巴塚の松」なのか分からない感じでした。


個人的には巴御前といえば、田村由美先生の「巴がゆく!」を思い出します。シュトコーの巴御前ですよ。昔、大ハマリしました。最近ドラマ化されて話題になった「ミステリと言う勿れ」も大好きですが、「BASARA」「7SEEDS」も大好きです。どうでもいい話ですね。



以下、看板から抜粋。

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南砺市指定天然記念物「巴塚の松」

昭和34年11月5日指定


鎌倉時代の後期に書かれた、軍記物語『源平盛衰記』によれば、巴御前は木曽(源)義仲につき従い、倶利伽羅峠などで平家軍と戦い武勇を誇った。義仲の死後、共に戦った石黒太郎光弘を頼り福光に来て出家し兼生尼と号して余生を送り91歳で没した。


巴の遺体を葬った塚に1本の松を植えたのでこの地を「巴塚」という。


明治の頃までは周囲に家もなく、遠くから良く見え「一本松」として親しまれていた。巴当時の松とすれば樹齢750年を超える老松である。


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富山・福光の観光のひとつです。


 

<巴塚の松> 

【住所】富山県南砺市福光1194-2

【サイト】https://culture-archives.city.nanto.toyama.jp/culture/bunkazai/bunkazai0213/