松川べり万葉歌碑めぐり

ミラーレ2019年6月号・特集

今こそ学びたい万葉集!松川べり万葉歌碑めぐり

新元号「令和」の出典が万葉集ということで話題になっていますが、正直、万葉集のことよく分かっていません。
そこで、身近なところから万葉集を学ぶべく、松川べりにある3つの万葉歌碑をめぐってきました。

万葉集とは?
奈良時代に大伴家持が編纂したとされる現存する日本最古の歌集です。
天皇や貴族に限らず、一般庶民である防人から農民、遊女まで地位や身分に関係なく幅広い人々の歌が収められている点も注目すべき特長です。


大伴家持ってどんな人?
養老2(718)年に生まれた奈良時代の貴族・歌人。万葉集を編纂した人として知られます。
天平18(746)年、29歳の時に越中国司として現在の高岡市伏木へ赴任し、5年間滞在しました。万葉集の全歌数4516首のうち、大伴家持の歌は473首で万葉歌人の中で一番多く、さらにそのうちの223首が越中時代5年間に詠まれています。
父の大伴旅人は、「令和」の由来になった『初春の令月にして 気淑く風和らぎ 梅は鏡前の粉を披き 蘭は珮後の香を薫す』を詠んだ人です。


松川べりの万葉歌碑
歌碑とは、歌を刻みつけた石碑のことで、万葉集の歌を刻みつけた碑が「万葉歌碑」です。
松川べりには、3つの万葉歌碑と15の歌石板が並んでいます。今回は3つの万葉果皮に絞ってめぐってきました。徒歩10分ほどで全て見てまわれる距離にあるので、万葉の世界に浸りながら、のんびり歩いてみるのはいかがでしょうか。

万葉歌碑

立山に 降り置ける雪を 常夏に 見れども飽かず 神からならし

大伴家持

<現代語訳>
立山に降り積もっている雪を、夏も変わらず一年じゅう見ていても見飽きることがない。神の品格のせいであるらしい。

<解説>
天平19年(747)4月27日(太陽暦6月13日)に作られた歌。立山連峰は古くは「たちやま」と呼ばれていた。立山は神の山なので、降り置いた雪を夏じゅうずっと見続けていても飽きない、とうたう。

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春の苑 紅にほふ 桃の花 下照る道に 出で立つ娘子

大伴家持

<現代語訳>

春の庭がくれない色に照り輝いている。それは桃の花。その木の下の赤く照り映えている道につと立ち現れた紅に染まった美しい乙女よ。

<解説>

天平勝宝2年(750)3月1日(太陽暦4月15日)に作られた歌。桃の花の下に立つ華麗な乙女の姿は、ペルシャからシルクロードを経て中国、日本へと伝わった「樹下美人図を」を彷彿させる。

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東風 いたく吹くらし 奈呉の海人の 釣する小舟 漕ぎ隠る見ゆ

大伴家持

<現代語訳>

あゆの風がひどく吹いているらしい。奈呉の漁師たちの釣りをする舟が波に隠れながら漕いでいるのが見える。

<解説>

天平20年(748)正月29日(太陽暦3月7日)に作られた歌。東風=あゆの風(あいの風)は、越中の国の方言で、海から陸に向かって吹いてくる強い海風のこと。奈呉は射水市の北西部、放生津町付近一帯の海をいう。

参考文献:『大伴家持』小野 寛 2013年 笠間書院、『越中万葉をあるく歌碑めぐり MAP』高岡市万葉歴史館編 2015年 笠間書院

NOTE

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